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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)2065号 判決 1991年1月16日

原告

小曽根有

外二名

右原告ら訴訟代理人弁護士

間瀬俊道

荒木重典

被告

高槻正

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明渡し、かつ、昭和六二年一一月二六日から右明渡し済まで一か月金二万四二一七円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を含む神戸市兵庫区塚本通二丁目三番一、宅地699.35平方メートル(仮換地―同市同区永沢区四四街区一〇号地一、宅地518.69平方メートル)(以下「本件三番一の土地」という。)は、もと原告らの父小曽根眞造、母小曽根蕗子及び祖母小曽根きよ(以下それぞれ「眞造」、「蕗子」、「きよ」という。)が各持分三分の一の割合でこれを共有していたところ、きよの死亡、次いで眞造の死亡により、いったんは順次法定相続分による相続が行われた結果、蕗子が四分の三、原告ら及び小曽根仁(以下「仁」という。)が各一六分の一の持分割合で共有することとなった。

(二)  次いで、昭和四六年一二月二六日成立の遺産分割により、蕗子の持分の一部である四八分の六が原告小曽根有(以下「原告有」という。)に対して、同じく四八分の五が原告小曽根實(以下「原告實」という。)に対して、同じく四八分の一が原告小川淳子(以下「原告淳子」という。)に対して、それぞれ移転された。

(三)  次いで、昭和六二年一月二九日成立の遺産分割により、仁の持分一六分の一が原告有に対して移転された。

(四)  さらに、昭和六三年八月一九日相続により、蕗子の持分一二分の三が原告有に対して、同じく一二分の二が原告實に対して、同じく一二分の一が原告淳子に対して、それぞれ移転された。

(五)  以上の結果、原告らは、本件三番一の土地を、原告有が六分の三、原告實が六分の二、原告淳子が六分の一の各持分により共有している。

2  被告は、昭和六二年一一月二六日以降、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、本件土地を占有している。

3  本件土地の賃料相当損害金は、次の計算式のとおり、一か月につき、本件建物の敷地である本件土地の固定資産税評価額金五八一万二一九八円の五パーセントである金二万四二一七円を下らない。

(4155万3811円×72.55÷518.69×0.05÷12=2万4217円)

4  よって、原告らは被告に対し、所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件土地に対する占有開始日である昭和六二年一一月二六日から右明渡し済まで一か月金二万四二一七円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件土地を含む本件三番一の土地が、かって、眞造、蕗子及びきよの共有であったことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁(被告の占有権原)

1  長栄工業株式会社(以下「長栄工業」という。)は、終戦直後、眞造、蕗子及びきよ(以下これら三名を「眞造ら」という。)から、社宅用地として、本件三番一の土地のうち本件土地を含む約493.75平方メートル(一四九坪六合二勺)(以下「本件社宅用地」という。)を賃借し、本件社宅用地上に、長栄工業の従業員を居住させるための社宅用建物(以下「社宅」という。)を建築し、以後、右従業員がこれに居住していた。

2(一)  長栄工業は、昭和二五、六年ころ、本件社宅用地の賃料を長期間滞納したまま、経営不振のため事実上倒産したが、その際、当時の眞造らの番頭二名から、社宅に居住していた高槻潔(被告の父)や尾崎某(長栄工業の代表者の親戚)に対し、「社宅の居住者の方で、長栄工業が滞納した本件社宅用地の賃料を支払って貰いたい。今後は、現に社宅に居住している者が本件社宅用地を借地したらよい。」との申入れ及び提案がなされ、当時社宅に居住していた右高槻、尾崎、北河正信(以下「北河」という。)ら一一名が協議して、右申入れ及び提案を承諾した。その結果、右居住者全員は、長栄工業の滞納賃料を負担するとともに、以後、毎月本件社宅用地の賃料を現に社宅に居住する者の人数で割って均等に負担し、その支払い方法としては、賃料の収集責任者を決め、右責任者が、居住者全員から収集した賃料を直接眞造らの番頭に支払っていた。

(二)  一方、眞造らも、長栄工業が既に事実上の倒産をして企業活動をまったくしていない事実を知悉し、長栄工業倒産後は、本件社宅用地の賃料の増額交渉を直接社宅居住者らとの間で行うなど、長栄工業の代表者との間では本件社宅用地の賃貸借契約に関する交渉をしておらず、眞造らが右土地の実質上の賃借人を長栄工業と考えていたものとは到底認め難い。

(三)  右(一)、(二)の事実から明らかなとおり、本件社宅用地の賃借権は、昭和二五、六年ころ、長栄工業から当時社宅に居住していた北河ら一一名に譲渡され、したがって、北河は、同人の居住する社宅の敷地部分に相当する本件土地に対する賃借権を取得し、眞造らの代理人であった前記番頭らは、右賃借権の譲渡を承諾したものというべきである。

3(一)  北河は、その後、長栄工業から、同人が居住する社宅の所有権を譲受けたが、これを取り壊したうえ、昭和五〇年一月三一日ころ、本件土地上に本件建物を新築し、保存登記を了した。

(二)  被告は、神戸地方裁判所昭和六一年(ケ)第四六一号不動産競売事件において、本件建物(本件土地についての賃借権を含む。)を金一二〇二万円で競落し、昭和六二年一〇月二四日代金を納付してその所有権を取得し、同年一一月二六日本件建物につき競売による売却を原因とする所有権移転登記を経由した。

(三)  被告は、本件土地についての賃借権を北河から譲り受けたことについて眞造らの相続人である原告らの承諾を受けた。

すなわち、被告は、本件建物の所有権取得後、昭和六二年一〇月分から昭和六三年四月分までの本件土地の賃料(本件社宅用地の賃料額を現実に居住している者の人数で均等に割った額)を、当時の賃料収集責任者である山田忠吉を介して原告らに支払い、一方、原告らは、前記不動産競売事件において、本件建物の敷地である本件土地の賃貸借契約の有無について調査を受け、しかも、原告ら自らも右競売手続に参加して、被告が本件建物(本件土地についての賃借権を含むこと前述のとおり。)を競落したことを知っており、したがって、原告らは、被告が昭和六二年一〇月分以降の本件土地の賃料を支払っていることを知りながら、異議なくこれを受領していたのであるから、被告が本件土地についての賃借権を北河から譲り受けたことについて黙示の承諾を与えたものというべきである。

4  仮に、北河が、長栄工業から本件土地についての賃借権を譲り受けていなかったとしても、北河は、長栄工業から本件土地を転借していたものであるところ、原告らは、前記不動産競売事件手続に参加し、被告が本件建物(本件土地についての転借権を含む。)を競落した事実を知りながら、前記3、(三)記載のとおり、被告から、昭和六二年一〇月から昭和六三年四月分までの本件土地の賃料を異議なく受領していたのであるから、被告が本件土地についての転借権を北河から譲り受けたことについて黙示の承諾を与えたものというべきである。

四  抗弁に対する認否及び原告らの反論

1  抗弁1の事実は、眞造らが本件社宅用地を長栄工業に賃貸した時期を除いて認める。

眞造らが右土地を長栄工業に賃貸したのは、昭和三〇年四月ころである。

2(一)  同2、(一)の事実は否認する。

眞造ら、したがってその相続人である原告らは、本件社宅用地を長栄工業に賃貸して以来今日に至るまで、長栄工業から本件社宅用地の賃料の支払いを受けていたものであって、その間、長栄工業の滞納賃料等に関して社宅に入居していた者と話し合ったことはなく、右居住者らを本件社宅用地の賃借人と認めたことはないし、右居住者らに賃料の徴収を依頼したことも、賃料徴収の代理権を授与したこともない。

(二)  同2、(二)の事実は否認する。

眞造らは、長栄工業との間に、昭和三〇年四月一日本件社宅用地についての賃貸借契約書を作成し、また昭和四〇年四月二六日には右土地に関して権利放棄届及び賃貸借契約変更証書を作成している。

(三)  同2、(三)の事実は否認する。

眞造らは、本件土地を北河に賃貸したり、北河から本件土地の賃料を受領したことはない。

3(一)  同3、(一)の事実は知らない。

(二)  同3、(二)の事実のうち、被告が本件建物を競落し、その所有権を取得したことは認める。被告が本件土地についての賃借権をも含めて競落したことは否認する。その余の事実は知らない。

(三)  同3、(三)の事実は否認する。

被告が、本件土地の使用につき原告らや長栄工業から承諾を得た事実はない。被告は、昭和六二年一二月ころ、原告らに本件土地の使用についての承諾を求め、さらに原告ら訴訟代理人の間瀬俊道弁護士にもその承諾を求めたが、いずれも拒否され、同月二三日土地賃借権譲受許可の申立をなした。原告らは、前述したとおり、長栄工業から本件社宅用地の賃料の支払いを受けていたものであり、被告申立てにかかる右借地非訟事件に至って初めて、被告が山田忠吉に長栄工業の賃料の一部を支払っていることを知り、原告らにおいて調査したところ、居住者らが頭割りで賃料を負担していることを知ったので、それ以後は長栄工業の賃料を減額のうえ、その支払いを受けている。

4  同4の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一本件土地を含む本件三番一の土地がかって眞造らの共有であったことは、当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは、本件三番一の土地を、請求原因1、(一)ないし(四)に記載の相続及び遺産分割の経緯により、原告有が六分の三、原告實が六分の二、原告淳子が六分の一の各持分により共有していることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二次に被告が、昭和六二年一一月二六日以降本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

三そこで、被告の抗弁について判断する。

1  先ず、長栄工業が、眞造らから、社宅用地として、本件三番一の土地のうち本件土地を含む本件社宅用地を賃借し、同土地上に長栄工業の従業員を居住させるための社宅用建物(「社宅」)を建築し、以後、右従業員がこれに居住していたことは、当事者間に争いがない。

そして<証拠>を総合すると、長栄工業は、終戦直後、眞造らから本件社宅用地を賃借し、以後、同土地上に社宅三棟と倉庫を建築してこれを所有していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2(一)  次に、<証拠>を総合すると、(1)長栄工業は、鉄道工事、土木建築を業としていたが、昭和二五、六年ころ、経営不振のため事実上倒産し、以後企業活動をまったく行わなくなったこと、(2)長栄工業は、右倒産時点において、本件社宅用地の賃料を一〇か月分以上滞納していたが、当時社宅に居住していた尾崎、高槻、北河ら一一名全員が右滞納賃料を均等に負担し、長栄工業に肩代わりして眞造らに支払ったこと、(3)さらに、右居住者全員は、長栄工業倒産後、長栄工業に代わり、毎月の本件社宅用地の賃料を現に社宅に居住する者の頭数で分割して均等に負担し、その支払い方法として、賃料の収集責任者を決め、右責任者が、居住者全員から収集した賃料を直接眞造らの番頭あるいは眞造らの所有不動産の管理会社に支払い、社宅に居住し続けていたこと、以上の事実が認められる。

(二)  ところで、被告は、長栄工業倒産時、当時の眞造らの番頭二名から高槻や尾崎に対し、「社宅の居住者の方で、長栄工業が滞納した賃料を支払って貰いたい。今後は、現に社宅に居住している者が本件社宅用地を借地したらよい。」との申入れ及び提案がなされ、社宅の居住者全員がこれを承諾した結果、本件社宅用地の賃借権は、昭和二五、六年ころ、長栄工業から当時社宅に居住していた北河ら一一名に譲渡されたとの事実を主張し、かかる事実を前提に、北河が、同人の居住していた社宅の敷地部分に相当する本件土地についての賃借権を取得し、眞造らの代理人であった前記番頭らは、右賃借権の譲渡を承諾していた旨を主張する。

しかしながら、右主張事実に添う証拠は、証人高槻潔の供述のみであるところ、右供述は後記(三)の冒頭に掲記の各証拠に照らしてにわかに信用できないし、前記(一)に認定の事実のみからは未だ被告の右主張を認めるに足りず、他に、北河が長栄工業の倒産に伴い本件土地に対する賃借権を取得したとの事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  かえって<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1)社宅の居住者らは、長栄工業から無償で社宅を借りて居住していたところ、昭和二五、六年ころ長栄工業が事実上倒産し、その際、当時の社宅居住者のひとりである尾崎(長栄工業の代表者の親戚)が、他の居住者らに対し、「長栄工業が倒産したが、会社にはいままで世話になったから、今後は社宅の居住者が長栄工業に代わって本件社宅用地の賃料を支払っていこう。」との提案をしたことから、全員がこれを了承し、社宅居住者全員が、長栄工業の滞納賃料を当時の居住者の頭数で均等に分割してこれを負担するとともに、以後、毎月の本件社宅用地の賃料を同様に分割して負担するようになったこと、(2)また、その際、社宅居住者の間で、右居住者らが本件社宅用地を直接賃借するということが話題とされたり、協議されたことはなかったこと、(3)社宅居住者は、前記(1)に述べた経緯で本件社宅用地の賃料を支払うこととなり、賃料収集の責任者を決めて、右責任者が毎月全員から賃料(各自の負担額)を収集したうえ、これを長栄工業が支払うべき賃料として、眞造らの番頭あるいはその後設立された眞造ら所有不動産の管理会社に支払っていたこと、そして、右管理会社等は、右賃料の支払いを受領した際、同会社の発行にかかる長栄工業宛の「貸地料金領収之通」に領収印を押捺していたこと、(4)長栄工業は、前記倒産後においても、昭和三〇年四月一日、あらためて眞造らとの間に、本件社宅用地についての「土地賃貸借契約証書」(<証拠>)を作成して取り交わし、さらに、昭和四〇年六月二六日には、本件社宅用地のうち一坪一合七勺につき借地権を放棄したうえ、自ら右放棄の内容を記載した「権利放棄届」(<証拠>)を眞造らに差し入れるとともに、同人らとの間に、「土地賃貸借変更契約証書」(<証拠>)を作成して取り交わしていること、(5)さらに、後述の神戸地方裁判所昭和六一年(ケ)第四六一号不動産競売事件において、現況調査を担当する執行官に対し、原告ら所有不動産の管理会社である株式会社オゾネの管財部長中畑純三も、前記賃料収集の責任者である関口千代子も、一致して「本件社宅用地の賃借人は長栄工業であり、長栄工業は、右土地を七名に転貸し、右転借人が長栄工業に代位して賃貸人に賃料を支払っている。」旨陳述していること、以上の事実が認められる。

以上認定の事実によれば、長栄工業は、昭和二五、六年ころ事実上倒産してからも、なお社宅居住者が現住する社宅を所有する必要上から本件社宅用地の賃借を継続し、ただ賃料の支払いについては社宅居住者らが長栄工業に代わり直接賃貸人に支払っていたものと認めるのが相当である。

(四)  したがって、本件社宅用地の賃借権が、昭和二五、六年ころ、長栄工業から当時社宅に居住していた北河ら一一名に譲渡された事実はなく、北河において本件土地に対する賃借権を取得する余地はなかったものというべきであるから、北河の本件土地に対する賃借権の存在を前提とする被告の占有権原の主張は、この点において既に理由がない。

3  しかしながら、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、北河は、その後、長栄工業と交渉して、同人の居住していた社宅の所有権を長栄工業から譲受けて保存登記を了し(社宅は未登記であった。)、さらに、昭和四九年ころ、右社宅を取り壊したうえ、昭和五〇年一月三一日ころ、その敷地部分である本件土地上に本件建物を新築し、同年二月一七日保存登記を了したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないところ、右認定事実に、前記2、(三)の(5)に認定の事実を併せ考えるならば、北河は、長栄工業から右社宅の所有権を譲り受けた際に、併せて長栄工業から本件土地を転借し(なお、転借料を支払う代わりに、従前どおり、本件社宅用地の賃料を均等に負担していくことに変わりはない。)、眞造らも右転貸借について黙示の承諾を与えたものと認めるのが相当である。

4  次に被告が本件建物を競落し、その所有権を取得したことは、当事者間に争いがなく、右事実及び前記3に認定の事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、神戸地方裁判所昭和六一年(ケ)第四六一号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、本件建物(本件土地についての転借権を含む。)を金一二〇二万円で競落し、昭和六二年一〇月二四日代金を納付してその所有権を取得し、同年一一月二六日本件建物につき競売による売却を原因とする所有権移転登記を経由したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

5(一)  次に、<証拠>によれば、被告は、本件建物の所有権を取得後、昭和六二年一〇月分から昭和六三年四月分までの本件社宅用地の賃料の負担額金五六二五円(一か月の賃料額金四万五〇〇〇円を八人で分割した金額)を、当時の賃料収集の責任者であった山田忠吉(以下「山田」という。)に支払い、山田は、これを他の居住者から受領した分と一括して原告ら(株式会社オギソ)に支払っていたことが認められる。

(二)  被告は、右(一)の事実をもって、原告らは、被告が本件土地についての転借権を北河から譲り受けたことについて黙示の承諾を与えたものと主張するが、右事実のみから被告主張の黙示の承諾を推認するのは困難といわざるを得ず、他に、右被告の主張を認めるに足る証拠はない。

かえって、<証拠>を総合すれば、(1)本件競売事件においては、原告有も本件建物を競落すべく入札に参加したが、被告が最高価買受申出人として本件建物を競落したこと、(2)被告は、本件建物を競落後、原告らに本件土地使用の承諾を求めたが、承諾を得ることができず、さらに、原告らの訴訟代理人である間瀬俊道弁護士に対しても同様の承諾を求めたが、拒否されたこと、(3)そこで、被告は、昭和四六年一二月二三日、神戸地方裁判所に借地法九条ノ三第一項に基づく競売にともなう土地賃借権譲受許可の申立てをしたところ(以下「本件借地非訟事件」という。)、原告らは、本件借地非訟事件において、「本件建物及び土地賃借権を自ら譲り受ける」旨の申立てをしたこと、(4)原告らとしては、長栄工業に対する本件社宅用地の賃料を受領しさえすればよかったことから、右賃料をいかなる人物が分担して支払っているかについては関心がなかったところ、本件借地非訟事件における被告の昭和六三年四月一九日付準備書面によって、初めて被告が前記賃料を支払っている事実を知り、山田に対して被告から同年五月分以降の賃料を受け取らないように指示するとともに、本件社宅用地の賃料を以後金五六二五円減額する措置を講じたこと、(5)なお、被告は、その後本件借地非訟事件を自ら取り下げたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によると、原告らにおいて、被告が本件土地についての転借権を北河から譲り受けたことについて承諾を拒絶する意思を明確にしていたことは明らかというべきであるから、この点に関する被告の前記主張もまた理由がない。

四しかしながら、前記認定の事実に、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1)北河は、工務店を経営していたが、経営不振から倒産し、本件建物につき本件競売事件が係属することとなったこと、(2)被告の父である高槻は、かって長栄工業に勤め、前記社宅に居住していたことがあり、その後も本件建物の近所に住んでいたところ、本件建物の近隣に住む知人から、「本件建物を暴力団が落札しそうなので、なんとかしてほしい。」旨相談を受け、当時息子の被告も居住家屋を求めていたことから、本件競売事件に参加し、結局、被告が本件建物を金一二〇二万円で競落したこと、(3)被告は、本件建物の所有権を取得後、これにさらに総額金三六四万円余の費用をかけて改装工事等を施し、現在被告の家族らが居住していること、(4)長栄工業は、倒産後社宅の居住者に対し、次々に社宅の所有権を譲渡し、右譲渡を受けた居住者らは、社宅に増改築工事を施したり、取り壊したうえ敷地部分に建物を新築していたが、本件社宅用地の賃貸人たる眞造らはこれを黙認し続けてきたこと(本件社宅用地についての賃貸借契約においては、長栄工業が社宅の所有権を譲渡するについては、賃貸人の承諾を要することとされている。)、そして、眞造らは、北河が本件土地上に本件建物を新築するについてもこれを黙認していたこと、(5)原告ら(眞造らも含め)は、これまで、本件社宅用地の賃料額の受領のみに関心があり、内部的にこれをいかなる人物がいかなる負担割合により負担しているかについては、何ら関心を示していなかったと思われること、(6)原告らが明渡しを求めている本件土地は、約72.55平方メートル(約二二坪)で、本件社宅用地の約14.8パーセントにすぎず、その余の部分は今後原告らに返還される可能性は乏しく、原告らによる本件土地の有効利用の可能性は極めて疑問であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実を総合勘案すれば、結局のところ、原告らの本訴請求は、自ら本件建物の競落に失敗するや、被告が本件借地非訟事件を取り下げたという落ち度を奇貨として、これに乗じて本件建物収去土地明渡しの請求に及んだものであって、権利の濫用として許されないものといわなければならず、権利の濫用であるかどうかについては、当事者の主張をまたずに自由に判断し得るものというべきである(大審院昭和一九年一〇月五日判決、民集二三巻一八号五七九頁参照)。

そして、賃借権(転借権)の無断譲渡を理由とする賃借権(転借権)譲受人に対する明渡し請求が権利濫用として許されない場合には、その反射的効果として、右譲受人は、賃借権(転借権)の譲受けをもって賃貸人に対抗できるものと解すべきである。

(もとよりその結果賃借権(転借権)譲受人が賃料等を支払わなくてもよいということにならないことは当然であって、被告は原告らと誠実に交渉して、合意が成立するように努力すべきものである。)。

五よって、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三浦潤)

別紙物件目録(一)(二)<省略>

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